阿弥陀如来とは?ご利益

阿弥陀如来とは?ご利益

極楽浄土、病気平癒、安穏、
阿弥陀如来(あみだにょらい)には様々なご利益があるとされております。

極楽浄土、病気平癒、安穏などのご利益

人々を極楽浄土(ごくらくじょうど)に導く。
極楽浄土、病気平癒、安穏、極楽往生、現世安穏、幸福、来世の幸せ、厄難消除、福徳長寿など。

代表的なご利益

極楽往生(来世の救済)

阿弥陀如来の最大のご利益は、亡くなった後に迷うことなく極楽浄土へ導かれ、そこで仏になることができるという「極楽往生」です。この世の命を終えた後、苦しみのない理想郷に生まれ変わることができるという教えは、古くから人々の死に対する根源的な不安を取り除いてきました。

現世安穏(げせあんのん)

阿弥陀如来のご利益は来世の救済だけではなく「現世安穏」、すなわち今を生きている私たちがこの世において平穏無事に過ごせるように見守ってくださる力も持ちます。
「南無阿弥陀仏」と日々念仏を称えることで、日々の生活の中で仏様の慈悲を感じることができる仏様とされています。

病気平癒・身体健全

阿弥陀如来の無限の光は、人々の心身の病や煩悩という闇を照らし出して、取り除いてくれると信じられています。そのため、無病息災や病気平癒を願いお参りする人も多くみえます。

簡単に説明

・人々を極楽浄土に導く
・永遠のいのちをもち、まばゆい光を放つ

◎十二支守本尊:阿弥陀如来は戌・亥年の守りご本尊です。

阿弥陀如来とは

阿弥陀如来とは人々を極楽浄土(ごくらくじょうど)に導く如来(にょらい)。
阿弥陀という名前は、アミターバ、あるいはアミターユスという、古代インドの言葉を漢字にかえたものです。

無量光仏 無量寿仏

アミターバは「量(はかり)しれない光を持つ者」、アミターユスは「量りしれない寿命を持つ者」という意味があります。その名の通り阿弥陀如来は永遠のいのちをもち、まばゆい光で人々を照らします。
無量光仏(むりょうこうぶつ)、無量寿仏(むりょうじゅぶつ)ともいいます。

極楽浄土とは

極楽浄土とは、宇宙の西の果てにある阿弥陀如来の住む世界のことで、西方極楽浄土(さいほうごくらくじょうど)ともいいます。
なじみの「極楽」という言葉の語源となっています。苦しみのない理想の世界、この上なく楽しい状態などのたとえにも用いられます。

末法思想と阿弥陀如来

末法思想とは、釈迦が亡くなって、時代が経つにつれて釈迦の教えが消滅し、人々が救われなくなるという考え方で、平安時代(794-1185年)の終わりごろに広まり、不安になった人々は極楽浄土に行きたいと願い、阿弥陀如来への信仰が盛んになりました。

念仏往生願

念仏往生願(ねんぶつおうじょうがん) 『無量寿経(むりょうじゅきょう)』に説く、阿弥陀仏の四十八願の中の第十八願の願名が、「どんな人も、苦しみの根本を抜き、絶対の幸福にする」と誓われた「阿弥陀仏の本願」があります。その誓いを立てたことから、「南無阿弥陀仏」と唱えると全ての人が救済されるといわれます。

阿弥陀如来の経典

阿弥陀如来の教えは、『仏説無量寿経(ぶっせつむりょうじゅきょう)』や『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』『仏説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)』という「浄土三部経」に詳しく説かれています。
これらの経典によると、阿弥陀如来はかつて「法蔵菩薩(ほうぞうぼさつ)」という名の修行者でした。彼は修行の果てに「すべての者が救われなければ、私は決して仏にならない」という四十八の願い(四十八願)を立て、途方もない修行を積み重ねて阿弥陀如来になったとされています。

阿弥陀如来の歴史

日本では、平安時代末期から鎌倉時代にかけて、貴族から庶民に至るまで広く浸透しました。
特に、「末法思想(まっぽうしそう:仏教の教えが廃れ、世の中が乱れるという考え方)」によって人々の不安が高まった時代背景において、「念仏を唱えれば誰でも救われる」という阿弥陀如来の他力(たりき)の教えは、絶大な支持を集めました。

阿弥陀如来を信仰する主な宗派

日本において阿弥陀如来を本尊(最も尊い仏様)として仰ぐ代表的な宗派には、浄土宗と浄土真宗があります。

浄土宗

法然上人が開いた宗派です。阿弥陀如来の教えを信じ、ひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることで、誰でも極楽浄土に生まれ変わることができると説きます。

浄土真宗

親鸞聖人が開いた宗派です。阿弥陀如来の「すべての人を救う」という本願を信じる心(信心)がすでに阿弥陀如来から与えられていると考え、その救いを信じて感謝の気持ちで念仏を称えることを重んじます。

「南無阿弥陀仏」

日本で極楽浄土の思想が普及し、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱えると、すべてのどんな人でも救い導いてくれるということから、盛んに信仰され広く知られています。
阿弥陀如来には、「南無阿弥陀仏」と念仏を称え、手を合わせることです。

他力仏教

仏教において、仏や菩薩の加護や力、特に浄土門(浄土宗・浄土真宗など)では阿弥陀仏の力によって衆生を救うといいます。
阿弥陀如来は人びとを救済する仏として登場し、他力仏教という新しい要素をもたらしました。

阿弥陀如来の容姿

阿弥陀如来の像は装飾品を身につけず、比較的シンプルな衣(法衣)をまとっていることが多いです。
慈愛に満ちた穏やかな表情をしているのが特徴です。
また、手のひらや足の裏に法輪(ほうりん)と呼ばれる文様が刻まれていることもあります。

印相(手の形)

阿弥陀如来の手の結び方(印相)は、悟りの段階や救済のあり方を表しており、代表的なものに「九品印(くほんいん)」があります。これは、手の指の組み合わせによって九つのパターンに分かれるもので、信者の信仰の篤さや生前の行いに応じて、極楽浄土での迎え方が異なることを示しています。

九品往生(くほんおうじょう)

生前の行いの違いによって、死後に極楽浄土へ生まれ変わる方法が9つの段階に分かれているという、観無量寿経に説かれた仏教の考え方です。大きく「上品(じょうぼん)」「中品(ちゅうぼん)」「下品(げぼん)」の3つに分かれ、それぞれに「上生・中生・下生」の3つがあって合計9つとなります。

来迎印(らいごういん)

最もよく知られているのは、両手の親指と人差し指(または中指、薬指)で輪を作り、胸の前に構える形です。これは阿弥陀如来が私たちを極楽浄土へ迎えに来る姿である「来迎印(らいごういん)」とも呼ばれます。

お姿かたち

納衣(のうえ)を1枚まとったお姿です。
当山の阿弥陀如来は両足を組んで座る結跏趺坐(けっかふざ)の坐像です。
手は何も持たず、両手を重ねて親指と人さし指を曲げ「2つの輪」をつくった「上品上生印(じょうぼんじょうしょういん)」の印相で、印相の中でも悟りの段階が高いことを意味しています。

場所

大師堂の西

名称乙津寺 (通称:鏡島弘法)
所在地〒501-0124 岐阜県岐阜市鏡島中2丁目8番1号
JR「岐阜」駅より車で15分
JR「西岐阜」駅より車で5分、徒歩で15分
岐阜バス「鏡島弘法前」バス停から徒歩5分
  駐車場  無料駐車場80台あり
 寺務所受付時間 9:00~12:00 (毎月21日、1月1〜3日は9:00〜17:00)
電話番号058-252-2062
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